大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松江地方裁判所 昭和25年(ワ)94号 判決

原告 周藤郁三

被告 小山威義

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

第一、原告の申立と主張

一、請求の趣旨

「別紙目録<省略>記載の物件が原告の所有であることを確認する。被告は原告に対し右物件の引渡をせよ。若しその引渡をすることができないときは、被告は原告に対し金三十七万五千円の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに右物件引渡及び金員支払の部分について仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

原告は、材木商であるが、別紙目録記載の物件は、もと訴外安達元益の所有であつたところ、昭和二十五年七月十八日松江地方裁判所執行吏北川雅夫は、訴外実重俊夫の委任に基き同人の安達に対する債務名義に基く強制執行としてこれを差押え、同年八月八日競売に付したので、原告は、同日これを代金二万五千円で競落し、即時に右代金を支払つてその所有権を取得すると共に、右執行吏からその引渡を受け、島根県能義郡広瀬町出雲工作所の建物の一部を借受けて、そこにこれを保管した。

ところが、被告は、右競売直後から原告に対し右物件の買受方を申出ており、その交渉中であつたにも拘らず、同月二十四日夜から翌二十五日朝にかけて前記置場から勝手に右物件を貨物自動車四台に積んで松江市東朝日町株式会社平和自動車工業所(元三鉱杭木製材所)内に運搬して現にこれを占有し、原告よりその返還を要求しても原告の所有権を争つて、これに応じないものである。そこで、原告は、被告に対し、別紙目録記載の物件が原告の所有であることの確認を求めると共に、右所有権に基いて同物件の引渡を求め、若しその引渡ができないときは、履行に代る損害賠償として同物件の時価に相当する金三十七万五千円の支払を求めるため本訴請求に及んだのである。

三、被告の答弁に対する主張

仮に被告が主張するように被告が前記安達から右物件を譲受けたものであつたとしても、原告は、その後前記の通り競落によつて平穏公然善意無過失に同物件を占有するようになつたものであるから、民法第百九十二条によつて同物件の所有権を取得したものである。

第二、被告の申立と主張

一、申立

主文と同旨の判決を求める。

二、答弁

原告の主張事実はすべて否認する。

被告は、昭和二十四年八月の松江市の大火により同市天神町百二十七番地所在の被告所有住宅及び店舗を失つたので、昭和二十五年二月能義郡広瀬町安達元益と被告の住宅及び店舗の建築請負契約を結び、同年七月上旬までに棟上げの約束で報酬の前払として同年五月二十六日までに四回に亘り合計金六十万円を安達に交付したにも拘らず、安達は、右約定の期限までに僅かに基礎工事の一部をなしただけであつた。そこで、被告は、同人を信用できなくなつたので、同年七月十九日同人が広瀬町出雲工作所に置いて保管していた右請負工事のための建築主要材料を点検した上、これに被告の商号のスタンプを押して紛れないようにし、同月二十九日に至つて右主要材料を含む本件物件を安達から譲受け、同月三十一日右工作所でその引渡を受けた。その後、被告は、同年八月五、六日頃本件物件が被告の所有物件である旨の公示札を右工作所に掲示した上、亀田勇市にこれを管理させたものであつて、本件物件は被告の所有である。

しかるに、同月十八日頃に至つて、被告は、はじめて安達が同月十四日失踪したことや本件物件の差押競売が行われたことのうわさを耳にしたのであるが、原告等が本件物件を他にはこび出すおそれがあつたこと、保管の方法が雨雪を凌ぐのに十分でなかつたこと、保管の場所たる出雲工作所の建物が同年九月一日株式会社勧業銀行松江支店の委任によつて競売に付されることになつていたため、いつまでも本件物件をそこにおくわけに行かなかつたこと等の事情があつたため、被告は、原告主張の日時に本件物件を松江市にはこんだのである。

三、抗弁

仮に原告主張のように本件物件に対する差押及び競売が行われたとしても、右差押に当り執行吏は本件物件のある場所に臨んだ事実はなく、従つて本件物件の占有を執行吏に移していないのみならず、本件物件を債務者たる安達に保管せしめながら、封印その他差押を明白にする方法を施していないのであるから、右差押は当然無効である。また、競売の日時、場所、物件の公告もなされておらず、差押調書や競売調書の物件目録の記載だけでは目的物を特定することができない。以上の何れの理由によつても、本件物件の競売手続は当然無効であつて、原告が本件物件の所有権を取得する筈はなく、従つて、本件物件は原告の所有に属しない。なお、昭和二十五年五月頃より安達の使用する大工十人位が本件物件の加工に従事しており、原告主張の差押の日である同年七月十八日は勿論、その後同月末頃に至るまで、右加工は継続して行われていたものであり、また、原告が時価三十七万余円と主張する本件物件の競落代金がわずかに金二万五千円である等の事実から見ても、本件物件に対する差押が現実に有効に行われたものでないことは明白である。

第三、当事者双方の立証

<省略>

三、理  由

成立に争のない甲第一号証の一、二、証人北川雅夫の証言により真正に成立したと認める甲第三号証の一、二、証人北川雅夫、板垣重信の各証言、原告本人訊問(第一回)の結果を綜合すれば、別紙目録記載の物件がもと安達元益の所有であつたこと、昭和二十五年七月実重俊夫が松江地方裁判所執行吏北川雅夫に対し、松江地方法務局所属公証人篠田嘉一郎作成第六五二五号、第六四八二号各公正証書の執行力ある正本に基き安達元益に対する強制執行を委任したこと、同月十八日北川執行吏が右強制執行の目的で前記実重の代理人たる原告と共に島根県能義郡広瀬町の安達方に赴き、安達が同町出雲工作所内に占有している右物件に対し差押手続をなしたこと、そして、北川執行吏は、「松江地方裁判所執行吏差押物件」と記し職印を押した縦六センチメートル、横三、四センチメートルの白い小紙片(いわゆる公示書)を同工作所内に山積みされた本件木材に四枚をはつて差押の表示を施した上、右物件を債務者たる安達の保管に任したこと、並びに原告は同年八月八日本件物件を競落したことが認められる。証人板垣重信の証言のうち右の認定に反する部分は信用し難く、証人小松原武之助、亀田勇市、高石栄之助、宇山栄之助、上野アキコの各証言並びに被告本人訊問の結果によつても、まだ右の認定をくつがえすには足らず、他に右の認定を左右するに足る証拠は存しない。

ところで、被告は、右差押が無効である旨抗弁するので、先ずこの点について判断する。

民事訴訟法第五百六十六条第二項によれば、執行吏が債務者に差押物件の保管をまかせる場合は、封印その他の方法でその差押を明白にしたときに限つて差押の効力を生ずることになつている。かように差押を明白にするのは、ただ差押の事実を確保するだけでなく、一般取引の安全を保護し、第三者が不測の損害を被らないことを目的としているのである。従つて、その差押の表示は、何人にも見易い箇所に、また、何人がみてもその物が差押物であることを知るに足る方法でなされなければ、その差押は、要件を欠き無効であると言わねばならぬ。

しかるに、証人北川雅夫、坂垣重信、宇山栄之助、上野アキコ、亀田勇市、高石栄之助の各証言並びに被告本人訊問の結果によれば、前示差押のなされた当日、本件物件の置いてあつた出雲工作所では亀田勇市、高石栄之助、宇山栄之助等の大工七、八名が本件物件の加工に従事していたこと、債務者安達元益は債権者代理人たる原告及び執行吏北川雅夫に対し、世間態が悪いから、本件物件の差押は、大工その他に気付かれないよう内密に施行するように懇願したので、原告及び北川執行吏もこれを了承し、昼休み時に何人にも気付かれないように本件物件の点検及び差押手続をなし、広い出雲工作所の建物の諸所に置かれていた七百本以上に上る本件木材の山に対し、わずかに前示公示書たる小紙片四枚を人目につかぬようにはつた上、本件物件を安達の保管に任したものであること、従つて当日出雲工作所で働いていた前示大工等並びに右工作所の構内に居住し当日は終日在宅していた上野アキコ等は、全く本件物件の差押並びに右公示書の存在に気付かなかつたこと、並びに右差押の翌日たる七月十九日被告が安達元益及び亀田勇市その他数名の大工と共に本件木材を一々点検し、被告商店の商号のスタンプを押した際にも、被告及び右大工等は右公示書の存在に気付かなかつたことを認めることができる。

以上の認定事実によつて明らかな如く、北川執行吏が本件物件の差押に当り施した前示差押の表示は、本件物件の差押の事実を明白にするための公示方法としては不十分であつたものと言うべく、本件物件の差押は民事訴訟法第五百六十六条第二項に違反し、当然無効であると解するのを相当とする。

しからば、本件物件に対する前示差押が無効である以上、右差押の有効なることを前提としてなされた本件物件の競売手続は当然無効であつて、右競売により原告は本件物件の所有権を取得するわけはないのである。

従つて、原告がその主張の競売手続により本件物件の所有権を取得したことを前提とする原告の本訴請求は、その他の点について判断を加えるまでもなく失当であることは明白であるから、これを棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本冬樹 組原政男 浜田治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!